嫌いでいい。ネガティブでいい。

私の友達が「なんで”嫌い”って言っちゃいけないの?」って言ってました。
確かに。と思って、よく考えてみたら、私の原動力がネガティブな「嫌い」パワーだったということに気づいてしまった!

というわけで、今回はそんな話をしてみます。

文章を読むのが面倒な方は動画でどうぞ▼

私は言葉には力があると信じていて、言葉で人を殺せると思っています。
だから、個人に対して「嫌い」っていう言葉をぶつけるのは怖いことだと思います。

でも、「こういうことが嫌い」っていうのは別に言ってもいいんじゃないかな。

私は30数年間、嫌だなと思うことがあっても我慢してました。それが普通だと思ってました。

でも、その「普通」に嫌なことを我慢して隠していた時って、何もできなかったんです。
なんにも進まなかった自分のことが嫌いだった

今の私は嫌なものがハッキリわかるので、それらから全力で逃げてます。
そしたら、自分のやりたいことができてます。

私が嫌いなもの

私が嫌いなもの、逃げてるものは今いっぱいありますが、その中の一つが「上辺だけの付き合い」。
嫌いというか、苦手というか、怖い。

お互いに探りあいながらちょっとずつ仲良くなっていって、あー仲良くなれたって思った時に私がよく言われてたのが「そんな人だと思わなかった」なんですよね。これは私が嫌いな言葉です。

私をどんな人だと思ってたの?
私に何を求めてたの?

私の見た目が地味なのが悪いとは思うんですけど、大人しそうとか上品とか思われがちなんです。
そういうイメージで私と付き合ってしまうと、本当の私は下品だし下ネタ好きだし常識外れだし。
ってことで、それがバレちゃうと引かれちゃうんですよね。

私はそれに何度も傷ついてきました。

ちなみに、今ならそう言われても平気です。
「え?私をどんな人だと思ってたの??」
って逆に聞いちゃうと思います。

でも、それを避けるために今の私はいろんな所で自分をさらけ出すようにしています。

そんな私も最初からそんなに自分をさらけ出すことはできませんでした。

一番最初のきっかけはバツ2であることを公開したときですね。
そのときの記事はこちらです▼

このときの私としては、ものすごく勇気を出してこれを公開しました。

そしたら、すごくあったかいメッセージをたくさんいただきました。
そして、もう関わりたくないなって思った人はきっと静かに離れていってくれたと思います。

そうやって私は居心地のいい環境を作ることができました。
隠さなくていいって本当に楽です。

だから私は隠し事が嫌い。

あ、でも逆に自分ことあんまり知られない方が楽っていう人もいると思うので、全部を出すのがオススメっていうわけではありません。

私の場合は、自分の思ったことや自分がやってきたことを晒すようにしていて、そうするとこんな私が面白いって思ってくれる人だけが近づいてくるので、苦手な上辺だけの付き合いから逃げることができたんです。

嫌いなものがはっきりするのは、生きやすくなるために必要なことなのかなと思います。

嫌いの正体は嫉妬

実は「嫌い」の正体は「嫉妬」だっていうのを本で読みました。

これは直視するのが結構しんどい事実だと思います。

でも確かに、嫌いっていう感情の核の部分は嫉妬なんですよねぇ。

例えば、私が上辺の付き合いが嫌いで集団が嫌いっていうのも、本当は集団の中に入ってワイワイやりたいって気持ちがあるのは否めないんですよね。
でもそれができないから、嫌いっていう風に言ってるんですよね。
認めたくないけど…。

他にも、意識高い系のなんかキラキラしてるような人達って「きらーい」て思うんです。
でも裏を返せば実は私も意識高くキラキラしたいっていう気持ちがないとは言えない…。
認めるのは悔しいけど。

つまり、嫌いって気持ちから目をそらさずに紐解いていくと、実は自分が本当に欲しいものが見えてきたりするんですよね。

それが最近、面白いなぁと思ってます。

ネガティブなパワーは強い

私はよくポジティブに見られるんですが、実はものすっごいネガティブなんです。

これだけは自信を持って言えるプロのネガティブです。

ネガティブって、極めるともう死ぬしかないんですよね。
で、死ぬ気になれば何でもできるんです。

嫌いとか逃げたいっていうネガティブなパワーって強いんです。
元々、危険を回避するための能力、生き延びるための力なので瞬発力があるんです。

だから、上手くつきあって利用していけばいいんじゃないかなと私は思います。